第3話 お母さんがつくってくれたような温かさ。

菅野 この「Lotus」は、富山のコンペだっけ?
磯野 そうです。去年の富山プロダクトデザインコンペティションに、招待作家として参加したときの作品です。コンペのテーマが「家族の暮らし」。
菅野 そうそう。思い出した。
磯野 今は、家族の暮らしって言っても人数も色々だし、子供がいたりいなかったりするじゃないですか。今どき「ファミリー! わぁーい!」みたいなのもちょっと違うなぁと思って。(笑)
菅野 そうですね。(笑)
磯野 自分の家に置き換えると、水周りのモノっていいものないなぁって思ってたんです。考えていくと、うちの洗面所に置きやすいカタチと、実家の洗面所に置きやすいカタチって違うなぁと思って。
菅野 確かに。
磯野 家族の暮らしって、それぞれの事情があるなぁって思って。そういうのに合わせて、家族の誰かがちょっとした工夫をしたりするじゃないですか。扉の内側に棚が付いてたり。
菅野 あるある。
磯野 そういうコトの素材になるようなモノをつくるのも、家族の暮らしのためのプロダクトかなと思って。
菅野 なるほどね。
磯野 よく見ていくと、歯ブラシ立ては全然いいモノがなかったんです。なんかこう、手持ちのコップとか、プラスチックの入れ物とか何でもいいんだけど、綺麗だなって思う容器に、歯ブラシを立てる穴がついたらいいなって思って。それなら、網みたいなものをつくったらどうかなと。
菅野 いいですね。
磯野 富山には、錫の鋳物を作ってるメーカーがあるんです。錫の鋳物って、くにゃくにゃ手で曲がるから、容器に合わせて網を曲げることが比較的簡単にできる。しかもガラスと錫ってすごく美しい組み合わせだと思って。錫って水を浄化する作用があるんですよね。
菅野 中国では昔、井戸に錫の塊を沈めてたんだよね。
磯野 水周りって気持ち悪くなりやすいから、錫はいいなと思って。それで手で曲げてるうちに、「あ、これ石鹸置きにもなる!」って。
菅野 なるほどね。
磯野 石鹸って、丸いのとか四角いのとか、買ってきたら座りが悪かったりするんだけど、これだったら形に合わせて、クックっと手で曲げたらいいし。あと、口の広い花瓶なら、花が寝たり寄ったりしないし。そういうのに使える素材です。
菅野 非常にいい発想だよね。
磯野 ただこれ、なんて言って売ったらいいかわからなくて。(笑)
菅野 昔さ、お母さんが毛糸でこう、手編みでコースターをつくってくれたような温かさが、金属なのにあるよね。
磯野 うわぁ!実はこれ、その通りなんです。(笑)
菅野 あ、ほんと?(笑)
磯野 私の母は、手編みで何でもつくる人で、植木鉢の下とか花瓶の下とか、テーブルの真ん中とかピアノの上とかね。そのときの経験がベースにあるんです。
菅野 その辺が非常にいい発想だと思うなぁ。古い職人さんじゃなくて、普通の人たちが普通にやっていたような技法を、プロダクトデザイナーが新しくデザインに置き換えるっていうのは、すごくおもしろいし新鮮だと思う。この辺は新たなプロダクトだよねぇ。
磯野 でも、それがやぼったくなったら嫌ですよね。それがすごく素敵になったらいいなぁ。ミキモトの花瓶とかは、一輪挿しの中が洗いにくいから、途中で切っちゃったりね。非常になんかこう、奥様っぽいというか。(笑)
菅野 奥様っぽい。(笑)
第1話 「これどうやってつくったと思います?」
第2話 コド・モノ・コト
第3話 お母さんがつくってくれたような温かさ。
第4話 企業にお勤めするのは、絶対にいいこと。
第5話 デザイナーは、絵を描くのが仕事じゃない。
第6話 もっと近づきたい。
第7話 普通のモノをつくるのは、けっこう勇気がいる。