第4話 企業にお勤めするのは、絶対にいいこと。

ソニーのインハウスとしてデザインされていたときと、フリーになられてからでは、何か違いますか?
磯野 すっごい違いますよね!
菅野 違う!
磯野 全然違う!(笑)
菅野 違うね!(笑)
磯野 インハウスは、世界が狭いけど深く入れる。その会社の新しい技術のコアに触れられるんです。機密事項のようなところまで深く関わって開発ができるので、ある意味でおもしろい。
菅野 フリーになると、機密漏えいの問題で、なかなか深くまで突っ込ませてくれない。相手の情報を100%知らないまま、デザインを展開しないといけないのは難しいなぁ。
磯野 そうですね。よく知らないのに、こんなものやってくださいってことになったりする。
菅野 うんうん。
磯野 インハウスは、色々聞いて深く理解して、特徴を生かしながらデザインできるので、的を外れない提案ができる。ただし、あるラインから目盲うちになっちゃうこともある。こうじゃないかっていう。
菅野 あぁ、そうですね。
磯野 インハウスの人は、深く理解する代わりに、他所が見えていないという弱点もある。
菅野 うん。
磯野 外部のデザイナーに求められているのは、世の中がこうだから、こうあるべきなんじゃないですか? っていう、全体を見渡した提案だと思う。そういう意味では役に立ってるかなって。
菅野 そもそも、社内にデザイナーがいるのに、外部のデザイナーに依頼するっていうのは、何か刺激が欲しいからなんですよ。今までとちょっと違う角度の商品群が欲しいから、外部のデザイナーに頼むっていうことが非常に多いと思う。
磯野 そうですね。
菅野 そういう場合、今まで企業がやってきたデザインテイストを、そのまま継承したのでは意味がない。だけども離れすぎてもいけない。そのブランドイメージがあるからね。そこの駆け引きっていうのは難しいね。
磯野 よくあるのは、自分としては見たことがないから、スケッチを描いて持っていくと、「これはもう、社内のデザイナーが何人も書いて、ボツになったやつなんです。」っていう展開。私は知らないんですよ。でもボツになっちゃう。
菅野 あるある。
磯野 でも、最初の打ち合わせで、プロジェクトの核心が出てきたあたりから、もう完成形のイメージが浮かんでいて、帰ってから描くだけだなっていうこともある。そういうのは、自分にすごく合ってる仕事なんだと思う。経験で筋道立てて、こうだなっていうのもあるし、色々ですね。ただやっぱり、あまりにも条件が複雑だとやっぱり難しいです。
菅野 あとね、継続性の難しさっていうのもある。フリーに求められることって1発目はある程度できる。そうすると、そのレベルが当たり前になる。そこから第2、第3をやったときに、どのくらい新鮮なものを出していけるか。これはもう、デザインのカタチではなくて、新しい素材の情報だったり、新しい成形方法の情報なんだよね。
磯野 そうですね。
菅野 インハウスにはない情報を掴んで提供することで、新しい角度をつくり上げていくことをしないと、飽きられてしまうんだよね。
磯野 フリーになると、色んな世界の人と知り合って情報網が広がりますよね。インハウス時代は、会社の中の人と出入りの業者さんしか知らない時期もありましたから。
菅野 あったあった。僕はそれがいやでね。(笑) インハウスデザイナーでありながら、自分はデザインするのを一切やめたんです。
磯野 そうなんですか。
菅野 コンセプトを決めて、あとは全て外部のデザイナーに発注していくっていうことをしてたんだよね。今やってる「江戸意匠」や「火の道具展」と同じようなことを、インハウスでやってたんです。そこで多くの知り合いができましたね。
インハウスでの経験っていうのは、フリーになってから大きなものですか?
磯野 そりゃもう!
菅野 絶対に! デザイナーも社会の中で生きてるからね。一般的な常識がわからないままフリーになっても、お付き合いするのは企業の偉い人だから、最初はおもしろいと思ってもらっても、なかなか継続しないのよ。
磯野 そうですね。
菅野 だから、企業にお勤めするのは絶対にいいことだ! って学生に言ってるんです。
磯野 会社というものが一体どういうものなのかを知らないと、外から会社とお付き合いしても、戸惑うこといっぱいあるんじゃないかと思う。
第1話 「これどうやってつくったと思います?」
第2話 コド・モノ・コト
第3話 お母さんがつくってくれたような温かさ。
第4話 企業にお勤めするのは、絶対にいいこと。
第5話 デザイナーは、絵を描くのが仕事じゃない。
第6話 もっと近づきたい。
第7話 普通のモノをつくるのは、けっこう勇気がいる。