第11話 売れないって言われてるメディアムで勝負してやる。

ミヤケさんのルーツはどういうところにあるんでしょうか。
ミヤケ 私独学なので難しいんですけど、先生についたこともないし、専門もないし。ただ、小さい頃から、家にあった軸とか器とか骨董とかがすごく好きでした。
菅野 確か、おじいちゃんかおばあちゃんがそういう関係のお仕事じゃなかった?
ミヤケ そうです。祖母がニットのデザイナーです。祖父もちょっとカメラをやってたり、母が声楽家だったりしたので、芸術に偏った方向なんです。
菅野 なるほどね。
ミヤケ 確かに小さい頃から、そういうものを見たり触ったりする環境にはいたんですけど、特に意識はしてなかったですよ。むしろ逆に、私は日本人なのに、日本美術以外のものにどうやって影響を受けるのかが、今ひとつわからないというかんじです。
菅野 マイさんの絵を見て、みなさんはどういうリアクションなの?
ミヤケ 「ミヤケマイ」が「ミヤマケイ」って読めるらしくて、男の人だと思ってる人がけっこう多いんです。
菅野 あ、そっかそっか。
ミヤケ だから「えっ? 女なんですか?」って驚かれたり、あとは軸とかやってるので、もっと年配の人と思われてたりとか。(笑)
菅野 日本画家っていうと、そういうイメージがあるからかもしれないね。
ミヤケ だいたい、肩すかし的なリアクションをいただいてます。(笑)
菅野 マイさんは、ひとつ日本画っていうルーツがあると思うんだけど、そういう世界では新しい存在だと思うんだよね。なんかこう、思うところとかある?
ミヤケ うーん。日本の美術界って、油絵だったら油絵具、日本画だったら顔料っていう風に、メディアムによって美術を分けるじゃないですか。そういうのが正直バカっぽいなって私は思っていて。
菅野 うんうん。
ミヤケ 顔料でものすごく油彩みたいな絵を描く人もいれば、油絵具でものすごく日本画みたいな絵を描く人だっているじゃないですか。画材屋じゃないんだから。
菅野 たしかにね。
ミヤケ メディアムでジャンルを分けるって、もうほんとに、最悪だなって思ってて、だって、何を表現してるかっていう心の部分が重要なのに、それって学歴で旦那さん選ぶのと一緒じゃないですか。
菅野 うんうん。
ミヤケ もう全然ピンとこない。画廊さんが、「これは高い顔料使ってるんです。」とか言って絵を売ったりしてるの聞くと、悲しい気持ちになるじゃないですか。それなら絵具のチューブ置いとけばいいじゃんって。
菅野 なるほどね。
ミヤケ だって、絵描きとしては、高い素材だから高いなんて、すごい恥ずかしい話じゃないですか。ピカソなんて、テーブルクロスにサインペンで描いたものが1億円なわけじゃないですか。
菅野 うん。
ミヤケ それはやっぱりその作品を見て、これがいいな、センスがいいな、欲しいなって思うことが重要だと思うから、そういうことに対してアンチテーゼがあるっていうか、絶対売れないって言われるメディアムで勝負してやるみたいなところも、ちょっとあるんです。天邪鬼なんですよね。
菅野 なるほど。
素材にも、レベルみたいなものがあるんですか?
ミヤケ 私もこの業界に入ってわかったんですけど、素材にもヒエラルキーみたいなものがあるらしいんですよ。例えば、鉛筆とか水彩はちょっと下で、日本画とか油絵が一番上。リキテックスが真ん中くらいみたいな。
菅野 そうなんだ。
ミヤケ さらに、どれくらい高い顔料を使ってるかとかね。もちろん、高い素材を使うってことは、おのずと作品の値段が高くなるんですけど、べつに安い素材を使ってるからって悪いわけでもないし、保たないとも限らない。
菅野 うんうん。
ミヤケ 保存については、管理方法にもよるので、あながち言えないし、それにね、例えば作品買うときに、これが2000年保つかなんてこと考えないじゃないですか。
菅野 たしかに。
ミヤケ

自分が生きている間、楽しめればいいっていうか。例えばお花を買うときに、これは何日保つだろうかって思わないじゃないですか。

菅野 うんうん。
ミヤケ 明日枯れちゃうのは困るけど、1週間保てばいいよね。1ヶ月飾れたら御の字だよねって私は思うんですけど、そのスパンがね、美術作品の場合、美術館に標準を合わせてしまうから、そうすると残る顔料って歴史の中で決まってるんですよね。
菅野 なるほどね。
ミヤケ そういうものだけが作品を評価する指針になってるっていうのは、よくわからない。もっと色んな素材があっていいんじゃないかと思うんです。もっと自由に好きな素材を使いたいじゃないですか。
菅野 そうだよね。
ミヤケ 学校とかでもね、油絵科に入ったら油絵にって、わりと決まっちゃってるじゃないですか。
菅野 やっぱり、嫌だけど希少価値を求めるっていうことなのかな。絵をお金に置き換えて物を見てる人がけっこういて、そのためには長い間保ってもらわないと困るっていうのもあるんでしょ?
ミヤケ そうですね。ただ、美術品が株みたいに取引されるのって、私にはピンときません。そういうのがあってもいいし、そういうことでマーケットの高額帯が支えられてるのはわかるけども、やっぱり作家としては、ちょっと寂しい現状なんじゃないかなと。
菅野 うん。
ミヤケ それが楽しいっていう人もいるのかもしれないですけど、やっぱり作家の作品って子供みたいなものですよね。作品の気持ちになったら、大企業の社長に買ってもらって玉の輿だけど、金庫の中にしまわれちゃって、ちょっとでもシワとか出てきた日には、すぐ売りに出しちゃう旦那さんのところに行くか、一生に一枚でいいからこの絵が欲しいって思ってくれて、コツコツお金貯めて、その間も何度も見に来てくれて、家の一番いいところに掛けて、毎日見てくれる人と、どっちがいいかってすごく難しいですよね。
菅野 金庫の真っ暗な中でね。
ミヤケ そう。図録でしか見ないみたいな。どっちが悪いってわけじゃないんですけど、生活の中で楽しまれたり、誰かがその絵に対して個人的な愛着を持つ、対話ができるって言うのも、美術の柱のひとつだと思うんです。日本はそこが薄いというか、ないがしろにされてるのが寂しいですよね。作家として。
第1話 プロダクトデザイナーって真面目ですね。
第2話 盲蛇に怖じず。
第3話 画廊さんが牧羊犬で、私たちは羊。
第4話 空中分解するんじゃないかと思った。
第5話 現物で指示するパターン。
第6話 自分が欲しいものをつくってる。
第7話 私、サバティカルで。
第8話 悪くてもドロー。
第9話 センスがない人は、お金があっても意味がない。
第10話 お前だって日本語しゃべれないだろう。
第11話 売れないって言われてるメディアムで勝負してやる。
第12話 みんなそういう要素があるのかもしれない。